岡上次郎兵衛景能は江戸時代の始めこの地域を治めていた代官です。岡上家は、徳川幕府開設以来の18代官の1家として、代々代官職を務める家柄でした。足尾銅山奉行を勤めた景能公は、銅山街道の宿用水として笠掛野御用水を開削し、用水を利用した新田開発等の業績をこの地に残しましたが、非業の最期をとげました。お墓は国瑞寺に安置されています。