高津戸峡
小平の里
ながめ公園
ながめ余興場
浅原体験村
桐原郷蔵及び桐原郷蔵文書
虚空蔵菩薩像
穴原薬師堂
成満院・円空仏「月光菩薩立像」
松源寺・円空仏「如来形坐像」
旧大間々銀行
ながめ余興場
山田氏及び里見兄弟の墓
庚申塔及び大日如来像
岩穴観音
深沢の角地蔵
浅原の百観音
小平の大杉
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山田氏・里見兄弟の墓
高津戸の阿弥陀堂脇の墓地にあります。山田氏は、平安末期に高津戸に土着した武士団といわれています。
里見兄弟というのは、近世期につくられた戦記物語によると、戦国時代末期、桐生又次郎重綱に滅ぼされた家臣里見上総介勝広の二子のことで、兄随見勝政と弟平四郎勝安の兄弟をいいますが、名前については記録により異説があります。里見兄弟は上杉謙信の助力を得て高津戸城を再興し、父の敵である石原石見守を討とうとしますが、戦いに敗れて天正6年(1578)9月に滅亡します。但し、近世期に作られた戦記物語に登場する史話であり、確実に存在したという史実は見あたりません。
里見兄弟に関する唯一の遺跡として、この墓地が存在します。五輪塔の数は約30数基分あり、それ以外にも石仏の阿弥陀如来像、宝篋印塔、永禄年号の石殿等があり、中世の武士団の墓地であることは間違いないでしょう。里見兄弟の墓と称される5輪塔には、「逆修 天正6年 随見」「道壽 八月廿九日」と刻まれています。
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